~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年3月19日水曜日

改良住宅(同和住宅)

都市の部落は、京都で起こった「オールロマンス事件」を境に、
部落解放運動が大きな盛り上がりを見せ、
部落の生活環境も激変いたしました。
その一つが、改良住宅です。

改良住宅とは、行政用語です。
それまで、部落に建っていた不良住宅を
行政が買い上げ、新しい形に「改良」して住宅を建て、
同時に行政主導で、街づくりをしていきました。

これは、先に記した通り、
部落解放同盟の運動が 実った瞬間でもありました。

大正11年、奈良の柏原の青年が中心となり
結成された水平社。
その流れをくむ部落解放同盟は、各地に支部を結成し
運動は隆盛を極めました。
多くの部落民の声が届いた結果、国を動かす事になり、
数多くの同和施策が施されるに至りました。
その一つが、昭和35年に制定された
「住宅地区改良法」です。

少し話は逸れますが、
長い運動の中で、大きな改善と成果を上げた
部落解放同盟の運動ですが、実際問題として、
行き過ぎた運動方法や不正があったことは事実です。
ただし、このブログはあくまで運動から離れた
スタンスを取っておりますので、事実は記事に致しますが、
部落解放同盟の功罪を、このブログで行うことはありません。

さて、住宅地区改良法により建てられた改良住宅ですが、
都市の部落の場合は、多くは団地形式の建て方が
主流になっているようです。
もともと、部落は狭い土地に多くの人がひしめき合って
暮らしていたものですから、土地の確保が難しい。
だから、どうしてもタテに長くなるわけです。

しかし、国や行政の仕事ってどうして
あのようになるのですかね?
部落をぐるっと取り囲むように、
あるいは「壁」のように建てられた共同住宅。
同じ形のそれが、整然と立ち並ぶ。

なんだかそれは、住宅という「温かい」ものではなく、
何だか、無機質で「冷たい」ただのコンクリートの塊に見えてしまう。
そう、例えるなら、学校の校舎のようではないか!

同色に塗られた壁の様な住宅は、
あたかも、外界との接触を避けるている様な・・・。
その有り様に、どうも、「足を踏み入れてはいけない場所」、
アンタッチャブルな雰囲気が漂っていました。

ただ、付け加えておきますが、
現在は、第一次建設の改良住宅が、
順次、耐用年数経過の建て替えがなされており、
住民を交えたワークショップも行われるなど、
新しい形での改良住宅が建ってきている。
私の妻の実家も、10年ほど前に建て替えられ、
およそ、他の高級マンションと見分けがつかないような
立派な建物に仕上がっている。
無機質だった第一次建設の建物と違い、
そこには、暖かな「家」の姿が有ります。

*よく、「部落の家賃は安い!補助も有り、逆差別だ!!」と批判されております
改良住宅の家賃ですが、2002年に法律(注)が終了してからは、
民間との格差は全くなくなり、実勢価格に見合った家賃が
居住者に課せられております。
しかも、同和地区住民への補助金もありません。
つまり、実際は差別は残っておりますが、
法律上では、「部落問題は解決している」のです。

(注) 地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律

この様な、当時の改良住宅でも、部落の暮らしは、
以前と比べて格段に良くなりました。
ただ、それでもまだ半世紀ほど。

健康で文化的なな生活になり半世紀・・・
長いですか?短いですか?
みなさんどう思われますか?

これまで、何百年にわたって虐げられてきた
部落全体の歴史に比すれば「短い」と思ってしまうのは、
部落を身近な存在に感じている私だけなのでしょうか?



部落を皆さんに知ってもらいたい!

このブログを、多くの方に見てほしい。そして、

部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・



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5 件のコメント:

須加尾英樹 さんのコメント...

スギムラさん。「2002年に法律(注)が終了してからは、…同和地区住民への補助金もありません」とのことですが、国としての同和事業と、地方自治体としての同和事業を混同しておられませんか。

国としての同和事業が終わった後も、地方自治体として同和事業をおこなっている事例は各地にあります。以下はその一例です。

https://www.city.azumino.nagano.jp/uploaded/attachment/888.pdf

s sugi さんのコメント...

混同されているのは、須加尾さんの方かもしれませんね。
2002年に最後の同和関連法である地対財特法が終了してからは、
地方自治団体も同和施策は終了していますよ。

仮に、法律施行中に行われていた施策があったとしても、
現在は一般財源による一般施策に移行しています。

須加尾さんが挙げられたURL(長野県安曇野)も、
「同和云々」と名が付いていますが、
法律存在中に貸し付けられた融資の回収条例です。

須加尾英樹 さんのコメント...

では、こちらはいかが?

http://okudahiroshi.com/seisaku/douwa/cyusyajo.htm

>監査請求によりますと、橿原市は、1981年から、同和対策事業として、
>同和地区の自治会に51台分の駐車場を無償で貸し出していました。
>監査請求では、事業の法的根拠だった地対財特法が5年前に失効したのに、
>無償貸与が続けられているのは違法として、駐車場の使用許可の取り消しなどを求めています。

「七項目の確認事項」も表向きは失効したことになっていましたが、実は2002年以降も蔭で存続していたことがアイデアル事件の刑事裁判でバレちゃいましたね。これらは氷山の一角です。

須加尾英樹 さんのコメント...

常総市同和地区技能習得奨励事業助成金交付要綱
平成17年6月17日
告示第39号

http://www1.g-reiki.net/joso/reiki_honbun/r251RG00000395.html

これも一般施策ですか。仮に名目上はそうでも「同和地区住民への補助金」以外の何物でもありません。

s sugi さんのコメント...

須加尾英樹さん
こんばんは。
よく調べられたもので感心いたします!
確かに、地対財特法が終了してから暫くの間は、
自治体によっては、運動団体などとの縁が切れずにズルズルと関係を持ってたことは確かです。
ただ、現在は橿原市の例にもありますように、住民監査請求が行われたり、
運動団体も内部通達等を出しておりますので、その後、
行政への強要や・闘争は行われておりません。
その辺りは、各地方議員、特に共産党は先頭に立って特別施策を断ってきました。
なので、例え“同和”と名がつき、同和地区対象に行われている事業でも、
一般施策であると言う当方の認識に間違いはございません。
今は、不適切な支出があると、市長や幹部が損害賠償請求をされる時代ですから、
行政も慎重です。

コチラは、>『平成13年8月に「今後の同和行政に関する基本方針」を策定し、差別がある限り同和行政が必要であるという基本的な方向を示してきた』と言う和歌山県の例です。http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/021400/jinken/titai.htm

◎同和行政が必要としながらも、この様に書かれています。

>今後、これらの課題に取り組んでいく場合は、同和問題解決という視点に立つということを基本に据えながら、一般施策の中で、その早期解決に粘り強く取り組んでいくことを基本姿勢とする。