~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2017年6月30日金曜日

江戸時代の牢屋を訪ねて・京都役人村:その3/見て記行って記被差別歩記-5


“大音量サイレン”の一件から程なくして、
サイレンの主が、「丹波マンガン記念館」を運営する李龍植氏であることを知った。
その事情を知った以上、私の感情は「ひどい!!」から「憤り」へと変化するに至ったのだった。

いや、李氏が在日韓国・朝鮮人だからと言う、在日外国人への差別では決して無い。

李氏が、「人権」と銘打って資料館を作り、本を書いていることへの憤りなのである。

「丹波マンガン記念館」の存在自体は、早くから知っていた。
機会があれば、一度訪れてみたいとも思ったことがある。
このような事情を知る、ずっと前の話であるから、在日・部落・人権と言う枠組みではなく、
これまでに訪れた「富士の氷穴」や「沖縄の玉泉洞」よろしく、
単に、“マンガン坑”の見学という、冒険的・好奇心的な範疇である。

しかし、先に述べたように、テレビ報道から程なくして、『その事実』を知ってから、
ある一冊の本の存在に気がついた。
「丹波マンガン記念館の7300日-李龍植」が、その本である。
この本は、驚く無かれ、差別に徹底抗戦する“解放出版社”から出ているのである。
解放出版社は、部落解放同盟の出版部門であるが、現在は部落問題のみならず、
障がい者・在日・いじめ等、人権問題全般の本を出版している。
件の出来事は、おおよそ「人権」を謳う出版社から本を出していた人物とは思えない
「暴挙」といえるのではないだろうか?


肝心の本の内容であるが、読んだのがもう随分前のことなので詳細は忘れてしまい、
此処では紹介することは出来ないが、断片的に覚えているのは、
強制的(本の記述による)に半島から徴用された韓国・朝鮮人が坑内夫として働いていたこと。又、“周辺”の被差別部落民が、マンガンの選別作業にあたっていたこと。
そして、氏の父親が私財を投じて記念館を興し、その後、
運営を氏が引き継いだと言うことなどだ。

興味がある方は一読してみては如何であろう。

さて、マンガンと聞いて、ずぐに思い浮かぶのは「マンガン乾電池」であるが、
乾電池に使われるのはごく一部で、産出されたマンガンの殆どは、
鉄を強くする添加物として使用されている。
その為、戦時中は翼賛体制のもと、戦艦や兵器を作る大切な軍需産業として大いに奨励された。

しかし、炭鉱労働と同じく、その作業は熾烈を極め、
過酷な労働環境の元、タコ部屋状態で労働に駆りだされていたという。

筑豊・田川の炭鉱を舞台にした、五木寛之の「青春の門」。

映画冒頭に描かれている、炭鉱崩落事故さながらの、マンガン鉱崩落事故もあったに違いない。
もしかしたら、明るみに出ていないが、今で言う「じん肺」の問題もあったであろう。

「青春の門」では、ヤクザ・在日・日本人鉱夫(部落民が多かった)が描かれているが、
遠く離れた京都・京北のこのマンガン鉱でも、労働者は同じ構成であった。

それは、“命と引換えの過酷な労働環境”であった事を繰り返し書き留めておこう。

そんな、過酷な労働環境で働いてきた龍植氏の父親が、
「人権」の大切さを訴えるために、私財を投じて作ったのが「丹波マンガン記念館」だったのだ。
(更に、丹波マンガン記念館は、全国の人権団体が加盟する「人権ネット」と言う団体にも加盟している。)

しかし、龍植氏の父親から代替わりした今日、今でもマンガンを掘ってはいるが、
近代化や機械化の力も伴って、その労働環境は驚くほどに改善したはずだ。

もしかしたら龍植氏は、労働環境な改善とともに、
「人権」の心を忘れてしまったのかも知れない。
私利私欲のために、人の痛みや悲しみが見えなくなってしまったのだとしたら、
それは非常に憂う事態である。

何度も言うが、李氏が在日だからではない。
たとえ、このような事態を日本人が引き起こしていても、私は憤りを感ずる事は言うまでもない。
なぜなら、「人権」と銘打った活動をしてるからである。
人権を看板にあげている以上、非人権的な行動には到底賛同できないのは当然である。

せっかくなので、丹波マンガン記念館のゲート写真だけ紹介しておこう。

国道162号線から、更に10分ほど山道を走った先に、
入口ゲートが有る。
 これ以上先は、施設敷地内の為、見学者以外の進入不可。


「丹波マンガン記念館」に興味がありながら、断固として入場を行わないのは、
私のささやかな抵抗である。

そんな経緯もあり、私は「丹波マンガン記念館」周辺の被差別部落の調査を行っていた最中、
今回のテーマである「江戸時代の牢屋」が現存する役人村(=即ち被差別部)が存在する事を
知るに至ったのである。

【つづく】

{*本題から少し外れますが・・・
次頁には「丹波マンガン記念館」HPに記載されている李氏のコメントと、
その他の資料を添付する予定です}

2017年6月13日火曜日

江戸時代の牢屋を訪ねて・京都役人村:その2/見て記行って記被差別歩記-5

ここで、先に述べた「ある別件の調査」について触れておこう。

それは、今から7年前のことだ。
風光明媚で長閑なこの山村(京都市京北)に、突如としてある騒動が持ち上がった。

その日は休みだったので、普段ならあまり見ることがない
夕方のニュース番組を見ていた時のことだ。

「ニュースゆう」
この番組は、恐らく関西ローカルであろう。
その中の“ウラドリ”と言うコーナーは、関西で事件にならずとも問題になっていることや、
若しくは、これから事件になりうる問題をクローズアップして追跡するコーナーで、
私も、過去に何度か目にしているが、中々興味深い良コーナーである。

この日のテーマは『長すぎる!大音量のサイレンに困惑する住民たち』。
以下、番組ホームページから引用する。

==================

2010/09/17 Friday 放送
長すぎる!大音量のサイレンに困惑する住民たち
京都市内のある街で今、大音量のサイレンが問題になっている。
その正体は何なのか、ウラドリ取材班が調べてみると、そこには複雑な事情が絡み合っていた。

■1日に何回も響き渡る、サイレンのごう音

京都市右京区京北。緑が多い、のどかな場所に到着した取材班の耳に入ってきたのは、
地区内一帯に響き渡る大音量のサイレンだった。
住民によると、近くの鉱山で発破作業があるため、予告の警報としてサイレンが鳴るという。
しかし、取材班が耳にしたサイレンの音は10分間、一向に鳴り止まなかった。

その時、「ボーン!」という発破の爆発音が・・・。取材班は音がする場所へと向かったが、
その途中で再び大きなサイレンが鳴り始めた。
音の大きさを機械で計測してみると、105デシベルを記録。
これは電車が高架を通過した時の高架下の音と同等の音量だ。
サイレンを鳴らす警報機のすぐそばには、府立北桑田高校があり、
一番近い校舎までの距離は、わずか100メートルしかない。
同校の生徒たちは「夏休み入る前からずっと鳴っている。授業中も関係なく鳴る」と話す。

地元関係者によると、サイレンが鳴り出したのは、7月13日。
それから16日までの4日間、断続的に鳴ったという。
高校が夏休みに入ると、発破とサイレンはいったん止むが、
夏休みが明けた始業式の日から再び鳴り始める。しかも回数はぐっと増え、
長い時で15分間、1日11回も鳴る日があったという。
高校側も突然、鳴り出した音に困り果てていた。
同校の眞里谷隆司校長は「窓を閉めないと、音がうるさすぎて授業にならない」と話す。
3年生はこれから受験シーズンに向かうので、
およそ200万円かけて防音ガラスを設置することを決めた。

地域を不安にさせている音の正体には「マンガン鉱山」が深く関係していた。
実は、丹波地方は戦前から戦後にかけて、鉄の耐久性を高める鉱物「マンガン」
の採掘が盛んな地域だった。戦後、その需要は激減し、ほとんどの鉱山が閉山したが、
この一帯は今もマンガンの採掘場として残っていたのだ。
取材班が調べてみると、周辺には鉱物を掘る権利「鉱業権」が設定されていた。
鉱業法では、採掘現場は公共施設など建物から50メートル離れなければならない。
今回は一番近い高校の校舎で100メートルの距離なので違法ではない。

では、あの長いサイレンの音には問題がないのだろうか。
騒音問題を管轄する京都市環境指導課の臼井保課長は
「サイレンによる音の規制は騒音規制法、および府の条例の対象外。
法的な根拠が無いので、やめていただくような指導まではしにくい」と話す。
サイレンはそもそも、危険を周知、警告するためのものなので、
音の長さや大きさは独自の判断にゆだねられているのだ。

鉱山を指導、監督する経済産業省の鉱山保安課・小西行雄課長は
「地元の方から、『突然の発破でびっくりする』という苦情があったので、
発破の事前予告のためのサイレンを鳴らすようにと指導した」という。
つまり、サイレンが鳴る前は発破だけが何度も繰り返されていたので、国が指導したところ、
業者はサイレンを鳴らすようになったというのだ。しかし、問題はその長さ。
小西課長は「まさか、こんな長い時間鳴らすとは予想していなかった」と話す。
国は時間を短くするよう電話で指導したが、業者は応じなかったという。
いずれも法的には何ら問題はないが、せめてサイレンの音を短くすることはできないのだろうか。取材班は、採掘業者に直接話を聞きに行った!

記者「10分〜15分、果たしてこれぐらいの時間を鳴らす必要があるのか?」
業者「よく聞こえるように鳴らしている。規定はないし、うちにも鉱業権がある」
記者「例えば、警報の鳴る時間をもう少し短くするとか、配慮しようという気持ちは?」
業者「夜に鉱業をやらないで、昼間にやって配慮しているつもりやけど」
記者「我慢しろと?」
業者「我慢してもらうか、学校を潰してもらってほかに移転してもらうよりない」

あくまで「権利だ」と主張する業者。話を進めると、過去に警察の不当な捜査にあったことや、
今回の行政の対応に不満があることがわかった。

業者の鉱業権は府立高校の敷地にもあるが、法律で50メートル以内に建物がある場合は、
所有者らの許可が必要になり、事業ができない。
このため、京都府に賠償を求めていたが、府は「鉱業権の設定と土地所有の関係は無関係」ということで、話し合いは物別れに終わったという。
業者は「周辺地域と話し合う余地はあるが、地下資源のためにやっているので、
今後もサイレンを鳴らす」と話す。

===============
ざっと。このような内容だが、番組では、その時のサイレンや困惑する住民、何より、
何の罪もない北桑田高校の生徒達の「気の毒な」様子がつぶさに写しだされていた。

さて、私がこの番組を見た時の感想であるが、一言「ひどい!!」であった。
私欲のためとしか言いようのないこのような報復は、非常に醜くく愚かである。

しかし、私の中の問題はその先にあった。
この放送後しばらくして、件の採掘場は、「丹波マンガン記念館」の館長を務める
李氏が経営する採掘場だということを知ったからだった。


【その3へつづく】
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2017年6月4日日曜日

グーグルマップ:大阪の私鉄駅名に「部落」付け加え(毎日新聞)

いたずらのつもりでしょうか?
全く笑えない事象が又おきました。
以下は、毎日新聞(6月3日付)の転載です。

グーグルマップ:大阪の私鉄駅名に「部落」付け加え

何者かが書き換え 要請後の3日午後3時ごろに削除

 地図検索サイト「グーグルマップ」上で、大阪市内の私鉄の駅名が何者かに書き換えられ、本来の駅名に「部落」という言葉を付け加えた状態で、表示されるようになっていたことが3日分かった。2日午前、私鉄側は「部落差別を助長する不適切な書き込み」として、グーグル日本法人(東京都)に削除を要請。3日午後3時ごろ、削除された。

 2日午前、ネット上の書き換えに気づいた複数の人から私鉄側に連絡があった。また、部落解放同盟大阪府連も私鉄と大阪市に知らせた。この私鉄の広報部によると、グーグルに削除を要請し、正しい駅名に修正するよう求めたが、グーグルは「削除には時間が掛かる」と回答したという。

 グーグルマップを巡っては2015年、特定のキーワードで検索すると原爆ドーム(広島市)が「核実験場」、警視庁本部(東京都千代田区)が「警視庁サティアン」などと表示されるようになっていたことが発覚。マップを改ざんしたとして、男3人が警視庁に軽犯罪法違反(いたずらによる業務妨害)容疑で書類送検された。【林由紀子】

 赤井隆史・部落解放同盟大阪府連委員長の話 やり方が悪質で度を超えている。ネット上の差別書き込みは一度流れると拡散し規制が難しい。部落差別解消推進法ができたが理念法にすぎず、罰則規定など法的規制の必要性が浮き彫りになった。

メデイアによっては、駅実名を書いている記事もあります。
此処は、確かに近くに部落があるのは事実です。
一昔、大きな事件があった事で、知名度が高い地区です。

私が、夕方この記事を見つけて、マップを開いてみましたが、
この頃には、駅名自体が削除されていましたが、
削除すれば、「この件は終わり」ではありません。
そもそも、このような事象が起こることこそが問題なのですからね。

解放同盟の方もコメントに、罰則規定云々とありますが、
「法律や罰則があるから差別しない」と言う事でもないような気がします。
罰則があれば、一定の抑止力にはなるとは思いますが、
真の差別撤廃ではありませんからね。

いや、否定しているのではありません。
罰則規定・法改正も、必要ならば行う事に何ら異は唱えません。

それ以上に、『人々の差別の心を改心させるにはどうしたらよいか?』
を考え、啓発していくべきでしょう。

勿論、各運動団体を含む人権団体、時には個人の方もそのような啓発は、
十二分にされています。
それでもなくならないのが差別なのですが・・・

私も、そんな一人で、全く微力なのですが、
このブログを通して部落のいい所を発信できたらと思う所存です。
(時には恥部も晒さなければならない時もありますが・・・)

今日は、朝起きたてで、仕事へ行く時間もあるので急ぎの記事書きです。
あまり頭が回っておらず意味が通じない・誤字脱字etcあるかもしれませんが、
そこはお許しを!
どうしても書いておきたかったものですから。。。