~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年3月21日金曜日

好きになった子は・・・部落民(生立ち編-17)

よほど、部落に縁があるのでしょうか?
中学2年の時に、好きになった女の子は部落民でした。

沢山の恋をした少年期でも、未だにその娘のことを鮮明に
思い出すということは、かなり好きだったのだと思います。

これまで話したように、当時の私は、部落を忌み嫌う
「部落差別者」でした。
それは、「部落とはなにか?どのような歴史があるのか?」
などと言うことも、全く知らないが上に起こり得た結果なのです。
後年、部落を勉強していくに連れて、
また、「自分の出自は?」と考えるようになって、
幼少期にあった差別心は融雪のように、
私の心から消え去っていきました。
(私の出自は、未だ分かりませんが・・・)

彼女は、部落民でしたが、やはり当初は学校だけの出会いなので
部落民とは全く分かりませんでした。
不良でもなく、他の部落の子ともつるむでもなく。
しかも、彼女も好意を持っていてくれている様子でした。

しかし、話をしていくなかで、
段々と、部落民であることがわかってきました。
決定的なのは、住所録を見た時でした。

現在では、個人情報保護の下、全く考えられない話ですが、
当時の学校では、住所録を簡単に閲覧できることが一般的でした。

それからの私は、葛藤の連続でした。
・なんでよりによって部落なんや!?
・好きやけど、部落やしなぁ。。。
・やっぱ、部落の娘はチョット。。。

それからは、自然に距離を置いていきました。
無知と未熟が私を支配していたこの頃、
私の自身の選択以上の、何か強いわだかまりにより、
無意識に気持ちが離れていったことは、
ある意味、自然の結果だったかもしれません。

けれど・・・
これが「差別」というものなのです。
その娘個人ではなく、「部落民」として見た時、


私は・・・。
私は、立派な真の差別者になった瞬間でした。

街にはテクノロジーがあふれ、国際色も豊かになる。
こんな現代でも、結婚差別は大きな人権問題として綿々と続いています。
当時の私は、同じ選択をしていたのです。

幸いにも私は、これまでの勉強や経験を通じ、
過ちに気づき、縁あって出会った”部落民”の妻を娶る事が出来ました。
人間は変われる。
差別もなくなる。
この事を、広く皆様に伝えるのが、
今の私に出来ることと考えています。

 

部落を皆さんに知ってもらいたい!

このブログを、多くの方に見てほしい。そして、

部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・


そんな気持ちで、ブログランキングに参加しました。

ブログランキング・にほんブログ村へ

どうぞ、クリックをお願いします。m(_ _)m

2 件のコメント:

大川原英智 さんのコメント...

人間は変われる。

大賛成です。

僕が自分の差別意識に気がついたのは、仕事での被差別部落の人々との出会いがきっかけでした。

そして、今変わろうと努力している真っ最中です。

10年前は、自分が差別者などとは思ってもいませんでした。

この記事は、とても共感できます。

ありがとうございました。

s sugi さんのコメント...

大川原先生
今晩は。
コメントありがとうございます。

稚拙な文章で恐縮ですが・・・。
共感いただいて心強く感じます。

人と人が接する限り、
色々なトラブルやしがらみ、逆に
好意や恋愛感情が生じることは
致し方ないことだと思います。

ただ、相手が部落民や在日朝鮮人、
又、障がい者などの、いわゆる
被差別人であった時、
私達は、その人個人ではなく、
「部落・在日」と言う見方をしてしまいがちですね。

私とて、部落に関しては
差別者からの脱却が出来たと
思っておりますが、
それ以外の部分では、
やはり、被差別者や社会的弱者を
その様な見方をしてしまっている
場合があることは事実です。

まだまだですね(>_<)

皆さんに、人間は変われる事を
このブログを通じて訴えていると同時に、
自分自身も、全ての差別に対しての
見つめなおしをしている日々です。