~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年3月12日水曜日

部落の友達(生立ち編-15)

小学校の時から、よくケンカをしました。
気に入らないことがあると直ぐに手が出てしまう。
宿題はしていかない、忘れ物は良くする、
いつも、教師に怒られローカに立たされることも日常茶飯事で、
高学年には既に校舎裏などでタバコを吸う。
その頃、憧れていた暴走族の特攻服を買って
学校に着ていき、親が呼び出しされたり、
自宅に教師が来ることも日常茶飯事。
そんな小学生時代でしたから、かなりの問題児であったのでしょう。

今では信じられませんが、この時代は、
教師の体罰なんて当たり前でしたから、よく教師に叩かれました。
それも、私だけ。
壇上に上げられ、他の生徒の前で目の敵のように
私だけ叩くのです。
なので、当時の私は、教師への反抗心が
生まれていたことも事実です。

そんな小学生時代でしたから、
中学に入ってからも不良仲間と一緒だった事は、前回お話しました。
しかし、初めのほうこそ「ケンカだ、なんだ」と言う事が多かったのですが、
しばらくすると、他校とのケンカもなくなり、全校一丸で集まるというのは
少なくなり、代わりに、小さなグループで行動するようになっていきました。

変わって私が夢中になったのは、当時流行り始めた
「ブラックバス釣り」です。
ルアーを持っては、改造したやんちゃ自転車に乗って
よく釣に行ったものです。

その頃は、釣りをする同級生も限られていましたので、
自ずとその仲間たちと釣へ行ったり、
遊んだりするケースが増えてきました。

その内の一人が、部落民でした。

部落に対して差別を持っていた私が、
とうとう部落民と友達付き合いを
始めることになるのでした。

部落を皆さんに知ってもらいたい!

このブログを、多くの方に見てほしい。そして、

部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・



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