~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと
“心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから読んでいただく事を強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2018年8月12日日曜日

お盆です・被差別部落の墓事情

世間はお盆休み。
私は、仕事のために大型連休には縁がないのですが、
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
海外・国内旅行?帰省?それとも家でゆっくりって方も。
お盆に過ごし方は様々ですが、お墓参りに行かれる事も
多いと思います。
今日は、被差別部落の墓事情を書いてみます。

差別が厳しかった時代、部落民は
「来世こそは差別のない世の中に」との思いから信仰心が厚い方が多く、
『家は貧乏だけど寺は立派にしたい」と、
それぞれが苦しい家計からお金を出し合い、
信仰に心の拠り所を求めてきました。

しかし、せっかく建てた寺も穢多寺、僧侶は穢僧と呼ばれ、
宗教界でも差別される存在でした。
しかも、それほどまでに信仰しても、
亡くなった時には「差別戒名」がつけられ、
死して尚、差別される事となるのでした。

近年、各宗派は、これまでの宗教界の差別を改め、
今は部落差別解消に努めています。

さて、本日の本題である墓事情です。

◎都市型部落
都市型部落の特徴として、土地が非常に狭いことが挙げられます。
そのため、改良住宅もアパート・マンション型の縦に長い形になります。
当然、墓地にも十分な土地が確保できないことも多く、
寺の中に納骨堂が設けられていることがあります。

妻の祖父はこの納骨堂に入っております。
納骨堂は寺の地下にあり、コインロッカーのような形態をしており、
拝む時に扉を開けて礼拝しますが、寺の地下なので、
いつでも自由に墓参という訳には行きません。
日時が決められており、その時間内で礼拝いたします。
改良住宅もアパート型であれば、納骨堂も又、
アパート型と言えるかもしません。

又、先述した通り土地が不足しているために、
十分な墓地が確保できず、他所・・・地区外に墓所を求める
ケースもあります。
被差別部落と六曜~叔父の死から見る~
で紹介した義母の姉の家は、一般地区の寺内に墓を持っています。

◎郊外及び農漁山村型
比較的土地に余裕がある郊外・農漁山村は、
部落内に大きな墓所を持っていることが多く、
寺とは他に、大きなお堂や葬祭会館を併設しているケースもあります。
多宝塔のようなオブジェが設けられている事も。

一般地区の墓所と比べて特徴的なのが墓所管理。
被差別部落の内、同和地区指定されている部落では、
墓所は市町村など、公的に管理されている事が多いです。

これは、同和地区指定された後、地区改良時に土地を市町村が買い上げ、
改良事業を行った為で、そのような土地に、
改良住宅・隣保館・墓所等が設けられました。

また、郊外・農漁山村型部落墓所の特徴として、
三昧(=火葬場)を併設しているケースもあります。
つまり、部落の墓所で火葬し納骨するわけです。
当方の食肉担当顧問をしていただいているN氏の住まいである
大阪府のある部落にも三昧施設があり、
お話を聞いたことがあります。
それによると、三昧は部落の者だけが使用し、
今でも使われているとのことでした。

三昧施設がどのような理由で設置されたかはわからないそうですが、
もしかしたら、部落差別と関係があったのかもしれません。

ここに上げた例は、わたしが知る限られた地区・家庭での話です。
きっと、全国津々浦々の部落には、もっと多様な墓所があることでしょう。
「こんな墓もあるよ!」って方おられましたら、
コメント欄にて教えていただけたら幸いです!
以上、簡単ですが、被差別部落の墓所事情でした。