~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年3月1日土曜日

不良と部落(生立ち編-14)

「部落には不良が多い」
よく聞く言葉です。
2ちゃんねるの「人権板」と呼ばれる
差別的なスレッドでも、
「部落はDQNが多い」(DQN=2ちゃんねる上でヤンキー・不良を指す)
「DQNはほとんどが、同和か在日」などと語られています。




以下は、中学入学当時の話です。 中学に入学すると、私も少々やんちゃだったので、
いわゆる「不良グループ」の一員として行動をしていました。
当時の中学では、クラブ活動が必須だったので、
出席するしないは別にして、
必ずどこかのクラブに所属しなければなりませんでした。

その時の3年生の不良グループの中心の方々が
ラグビー部に所属していました。
そして、2年生の不良グループの中心が、
サッカー部でした。

我々1年生の間では、ラグビー部に所属する者が
多かったのですが、私は、サッカー部に所属しましたので、
2年生の先輩にはよくかわいがってもらいました。
各クラブで分かれているからといって、それぞれが
仲が悪いということはありませんでした。
一旦“事”(他校とのケンカ)が起これば、
一丸となってまとまったものです。

さて、メンバーの内訳ですが、
3年生は、少々古い言い方ですが、「番=頭」と、
副番の方が部落の方でした。
その他は、在日、一般地区生の混在でした。
2年制もやはり、番と副が部落民で、
後は同じような構成でした。
そして、3・2年が部落民とくれば、
我々1年生も部落民?となると思うでしょうが、
実際は、不良グループには、一人も部落民はいませんでした。
構成は、在日と一般地区生です。

すべての学年で言えることですが、
不良が部落民だけのものでは決してありません。
「部落に不良が多い」という説は、全くの誤りであります。
「部落に不良がいるかいないか?」と聞かれれば、
“いる ”のでしょうが、それは、一般地区でも一緒。
不良・ヤンキーは出身地・出自・門地に関係ありません。
部落を含まない一般地区でも、不良・ヤンキーはいますし、
元に、現在私の住んでいる地域も、
同和地区を含んでいませんが、不良・ヤンキーはいます。

ちなみに、部落出身の私の妻には、姉が二人います。
長女は、地域でも指折りの不良、
次女は、姉ほどでは無いちょいワル、
そして妻は、不良ではありませんでした。
部落=不良・ヤンキーであれば、私の妻も
不良・ヤンキーであったはずでしょう。

「差別と偏見というのは、こういうことだなぁ」と思います。
たまたま見かけた、たまたま出会ったなどの、
“たまたま”が、「いつも・常に」と言うイメージに
変わる事こそが偏見なのです。
だけど、不思議なことに一般地区では、
“たまたま”があっても、これが「いつも」にはならない。

こうした、偏見と誤った考えがある限り、
差別は一向になくなりません。

長きに渡り続いてきた差別は、我々の偏見や認識を
改めることによって、なくなっていくものだと思います。


部落を皆さんに知ってもらいたい!
このブログを、多くの方に見てほしい。そして、
部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・


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6 件のコメント:

M さんのコメント...

こんにちはMです。
大層なコメントなどではございませんが、投稿させて頂きます。
唐突ですが、部落についての私の母の話をさせてください。
私の母は、昔住んでいた家の近くに部落地域があり、そのためか一般の人間よりは部落について関心が強いのです。(ちなみに大阪です)
母は高校生のときに被差別部落について調べ、論文を提出しました。(余談ですが母が唯一評価満点をもらったそうです)
その母は私によく言います。
「知らないから、無知だから差別をするんだ」
知りたいとねだったとき、部落の歴史を淡々と教えてくれた母には一切の私情はありませんでした。ただ、事実として伝えられていることを教えてくれた。
母の考えとこちらのブログの真意とまさしく同じです。私がたまたま、(本当にたまたまなんです)こちらにたどり着いたとき、縁を感じました。
私も無知ゆえの差別をせぬよう、
ぜひ、部落についてもっとこのブログを通して教えて頂きたいと思います。
以上、失礼しました。m(>_<)m

s sugi さんのコメント...

Mさん
こんにちは。
コメントありがとうございますm(_ _)m

お住まいの近くに部落があると、
同和問題について、
良きも悪しきも関心が高くなる
ことは多いようです。
ただ、「悪しき」のほうが多い傾向にあります。
例えば、「ウチの近くに部落があってガラが悪い」などということは
度々耳にしてきました。

そういう点では、Mさんのお母さんは、
部落についての勉強もされていて、
正しい認識をお持ちなのですね。
そして、正しい認識をお持ちの
お母さんから教わったMさんも
また、正しい認識をお持ちになる。

同和問題は、近くの人から受ける
影響(特に肉親から)がとても大きいと考えています。
そういう意味でも、
非常に素晴らしいことですね。

同和問題の解決は、実は単純な事なの
ではないかとも思います。

非常に興味深いお話、ありがとうございましたm(_ _)m
私も大変勉強になりました!!
また、お気軽にお話をきかせてくださいませ。

匿名 さんのコメント...

なるほど、僕は広島県から岡山北部の大きい街に単身赴任してます。旧城下町なのか部落が残ってるけど、部落でも良い人と悪い人両方がいますね。その上差が激しい。
土地柄が悪くて未だに苦労してるけど、駄目と決めつけるんじゃなく、ありのままを捉えて良し悪し両方を見つけようと思います。良い参考になりました。

s sugi さんのコメント...

匿名さん
こんばんは。
コメントありがとうございます。

匿名さんは、お仕事?で
部落民とのお付き合いがあるのでしょうか?
>良い人と悪い人両方がいますね。
というコメントからそう察しました。

このブログでも何度か書いておりますように、
部落民(主にお年寄り)は、
どこかで外部との接触を
拒んでおられることは確かです。
無意識に「中と外」などと別けてしまう。
差別がひどかった時代を生きた方々ですから、
それも致し方ないかもしれません。
しかし、これから真の解放を目指すのであれば、
やはり、部落民も「自分の心を解放」する努力が必要です。

一方で、一般地区の方々も「打ち解ける」努力と理解が必要です。

お互いの努力と理解があってこそ
差別は解消されると思います。

そう言う意味では、匿名さんは
コメントから、部落を理解しようと
努力されておられます。
素晴らしいことです!
これからも、めげず挫けず
頑張ってください。

また、コメントお待ちしております。

匿名 さんのコメント...

僕はK小学校に通ってて、K小学校は全校生徒1000人くらいで人数が多く、なんちゃらテスト全国で何位!という人がゴロゴロいました。
その頭がいい人で突出してた人は、県立の中高一貫校に行ったり、ちょっと頭がいい人は近くの私立中学に進学してました。自慢ではありませんが、僕はまあまあ勉強はできる方なので担任から私立中学に進学することを強く進められましたが、私立なんて高いだけじゃんと思って公立中学に進学しました。

その中学には、部落の一学年30人もいないm小学校の子がいました。以前は授業で部落差別はいけないと教わったので大したことないと思ってましたが、まあ呆れました。校則で禁止されてるのに髪染めたり変形の学ランきたり、タバコをすったり…K小学校ではあり得ない光景でした。

K小学校は一学年150人くらいいるのに一人もそういった不良はいないのに、M小学校は30人中30人皆金髪で校内暴力は日常茶飯事。

やっぱり地域と人間性はある程度関係あるんじゃないか?っと感じましたね…偏見ですが

池田 大輝 男 さんのコメント...

部落の人の不良率は高いと、中学で感じてしまいました。

僕の小学校から来た人は1学年150人くらいいて不良は一人もいないのに、隣の部落地域の小学校は1学年30人もいないのに殆ど不良でした…
髪を染める、制服を変形させるなどの校則違反、授業妨害、校内暴力、恐喝、万引きなどの犯罪ばっかりしてましたね。駐輪場はタバコの吸い殻があふれてました。小学校ではあり得ない光景でビックリしましたね。
僕の小学校の人は頭がいい人がやたら多かったのですが、殆ど名門私立県立中学に行った理由が、入学してようやくわかりました。

部落差別はいけないと小学校から徹底して教えられてきました。しかし、中学校の不良を思い出すと、どうしても部落地域への偏見が出てしまいます