~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年8月28日木曜日

行って記・見て記・被差別歩記

新コーナーのお知らせ!

いつも「被差別部落の暮らし」をお読みいただき
ありがとうございますm(_ _)m

現在、当ブログでは・・・
◎生い立ち編
◎部落の文化
◎部落の生業(なりわい)
◎部落関連施設
◎部落及び、他の被差別地区
などの、各コーナを設けて執筆しておりますが、
いよいよ新コーナーがスタートいたします!

名付けて
「行って記・見て記・被差別歩記」
多少当て字ですが、《いってき・みてき・ひさべつあるき》と読みます。

私は、フィールドワークと致しまして、
約20年ほど前から、
できるだけ多くの部落や同和地区、人権資料館、
人権博物館、部落以外の被差別地区などを回っています。

実際に自分の目で見て、確認することで
部落の時代背景や成り立ちなどがより理解しやすくなります。
いくら本とにらめっこしても、
このような事は、現地に行ってみなくては分かりません。
「百聞は一見に如かず」の通り、
沢山の部落や博物館へ行ってきました。

そんな、記録をここに記したいと思います!!

部落だけでなく、差別・人権一般に関するレポも書いていく予定です。

ただし、地区名は例によって
 「具体的地区名の公表は差別を助長するので公表はしてはいけない」 
と言う“法務省の見解”にのっとり、
具体的地区名は公表できませんが、
「差別の助長」にならない範囲で、
できうる限り公表をしていきます。

ただし、例えば・・・
奈良県御所市の「水平社博物館」がある柏原は、
部落・同和地区として広く認知されておりますので
このようなケースは公表させていただきます。

記事頻度としては、これまで通りランダムでの掲載になりますが、
一読いただければ幸いです(^^)

今後も「被差別部落の暮らし」をよろしくお願いいたします。



部落を皆さんに知ってもらいたい!
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部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・
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4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

那賀郡井坂村出身の中尾靖軒や添上郡杏村出身の米田庄太郎など被差別部落出身の著名な学者の縁の地を訪ねてみるのも良いですね。

s sugi さんのコメント...

匿名さん
コメントありがとうございました。

当方、まだまだ研究途中でして・・・。
これからもフィールドワークとして
部落訪問を続けていきたいかと思います(^O^)

ちなみに、杏村(現杏町)は以前視察に行ったことがありますので、
いずれ又、レポートしたいかと思います。

とても参考になるアドバイス、
ありがとうございました!
m(_ _)m

匿名 さんのコメント...

苗村神社 三十三年式年大祭 2014/10/11(土)~13(月)
http://www.rmc.ne.jp/dragon-kanko/namura-jinjya/event/33nen.html

※滋賀県竜王町苗村神社では33年に1回行われる祭りがある。
その時に、氏子の中の部落のものが兜鎧に身を固めて行列に参加する。
この部落は農業を中心とした集落で、豊かな集落である。
苗村神社ができた時の創建の由緒があるから、つまりその部落が神様を連れてきたという由緒である。
それでも彼らは差別を受けた。つまり結婚がないと思われる。
私的な交流の場からたたれている。それが差別である。

部落史研究はそこまで到達した。
苗村神社の行列が続いてきたのは、だれもが創建の由緒を動かしがたい事実として知っていたし、事実として認めていた。
ここに部落差別の本質を見いだすことができるのではないかと考えている。

神官の問題だが、祝 (しゅく) と屠 (と) という概念は、部落差別で極めて複雑で重要な問題だと考えている。

http://wwwd.pikara.ne.jp/masah/kdk032.htm

匿名 さんのコメント...

水分の神の祭りと被差別部落
http://www.pref.nara.jp/secure/14117/n8.pdf

江戸時代に、のちの被差別部落が神社とかかわりを持ったことは柳田国男・喜田貞吉によってすでに明らかにされているが、具体的な事例を一二あげれ
ば、『月堂見聞集』に、近江国蒲生郡綾戸村苗村明神の三三年に一度の神事に際して、穢多之者具足騎馬打物もたせ、其外は歩行甲冑旗を指、一行三十人余、穢多の事、当社降臨之節由緒有之由、穢多之人数凡三百人余、があったと記される。