~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年6月7日土曜日

俺は部落のモンじゃ!(トラブル再び)【生立ち編-26】

前回の「生い立ち編」は、私が高校に受かり
高校生活をスタートさせるところまで
お話をいたしました。

今日は、高校へ入学してからの部落の思い出です。
当時、多くの公立高校がそうであったように、
私の地域でも高校へは「通学圏制」が導入されておりまして、
ここの地区は「○○高校」と、強制的に決まっておりました。
そんなわけで、中学時代には通学圏に
部落を含む“同和指定校”でしたが、
高校は通学圏に、部落を含まない高校でした。
なので、自ずと部落に関する思い出は
中学校時代よりかなり少ないですね。

そんな中でも、今でも覚えている出来事の一つが、
またもや、部落民とのトラブルだったわけです。

高校2年ぐらいの時だったと思います。
友人数人と自転車での帰宅中、
後ろから「邪魔じゃ!どかんか!」と声が聞こえました。

突然のことでしたので、私も反射的に振り返るやいなや
「なんじゃい!ワレ!文句あんのか!」となったわけです。

見ると、年の頃なら私達と同じ位の少年で、
自転車に乗り、白衣を着ていました。
格好から飲食店の従業員であることは間違いありません。
その白衣少年が・・・
「ワシはS部落のモンじゃ!文句あるんか!」
と、このような事を言うではありませんか。

部落の名前を出せば、
何でも通る時代でもありましたから、
私達が引き下がると思ったのでしょうか?
S部落は、この市内では最も大きな部落で、
人口も多く改良住宅も沢山建っていました。

私は、とっさに「S部落がなんぼのもんじゃい!、
そんなん全然怖ないわ!そんなもんでビビるかい!」
と返しました。

傍に居た友人たちはこのやりとりを聞いて
「唖然」としていました。と言うか、
完全に白衣少年に呑まれていたようです。

この後、同様のやりとりがあって
少年は「覚えとけ!」と言って立ち去りました。
去り際に私は、「そこのH高校のモンじゃ!
いつでも来んかい!」などと言ったものですから、
白衣少年に取っては怒り心頭だったことでしょう。

その時の心境を、私は今でも覚えていますが、
「イザとなったら、中学の時の部落の先輩に
話をつけてもらったらいいや!」と考えていました。
この点では、私は部落を嫌っておきながら、
完全に頼っていた。
普段は距離を置いていたいのに、事が起こると
近づいて解決してもらう・・・
矛盾ですね。当時の私は都合が良すぎました。

そんなことがあった次の日。
私は、授業を昼前にフケ(いなくなって)て、
喫茶店か自宅へ帰ったと思います。
とにかく、その日は下校時間まで学校には居なかった。

翌日、友人が血相を変えてやってきて
私にこう言いました「こないだの奴、族車2台で校門につけてたぞ!」
そして、一人ひとりチエックしていたと言うのです。
(族車=暴走族の車)

私は、「お前大丈夫やったんか?」。
友人は、「俺はなんともなかったけど、
シンちゃんの事探してたみたいや」。
私「族車2台か!」
友人「フイルム貼ってたしよくわからんけど、5~6人はおったやろなぁ」
私「5~6人?そりゃヤバかった。命拾いや!」

そんなこんなでしたが、彼らも暇ではなかったのでしょう。
その日には現れることなく、それ以降も来ることはありませんでした。

ケンカ売る方も「部落じゃ!」
買う方も「部落がナンボのモンじゃ!」

部落、部落って・・・
こんなやり取りがまかり通った時代。
これでは、差別がいくらたっても無くなる訳がありません。
繰り返し、この場を借りて言いますが、
差別からの真の解放は、差別する方・される方お互いの“努力”が
あってこそ実現します。
そして、お互いの“理解”があってこそ実現するものなのです。

部落民は部落のアイデンティティを「脅し」という形で
持つのではなく、真の解放のために持つべきです。
一方、我々は部落=コワイ・ヤヤコシイではなく、
本当にに怖いのか? 本当にヤヤコシイのか?
イメージや風評、周りからの言い伝えではなく、
部落についての正しい理解と認識を持たねばなりません。

かつて、差別者として部落を、
そして部落民を忌み嫌った私がそうであったように、
皆様も部落が好きになれる日が来るように。
部落が好きな方はより一層好きになれるように・・・。
私はこれからも書き綴って行きます。
「この世から差別がなくなるように」との願いを込め、
私の拙いブログではありますが、
お読みいただければ幸いでございます。 



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2 件のコメント:

大川原英智 さんのコメント...

こんにちは。

全く同感です。

差別をする側もされる側も、解放のための努力が必要と、僕もいつも考えています。

今回もとてもよい記事に出会えて感謝です。

ありがとうございました。

s sugi さんのコメント...

大川原先生
こんばんは。
いつもお世話になっております。

また、先生のブログも非常に興味深く
読ませて頂いております。

時々「差別」というのは、
“人間の性”なのだろうか?と
思ってしまうことがあります。

この世に自分一人だったら、
差別はもちろん起こりません。
しかし、複数人・・・たとえ2名でも
集まれば、
途端に相手と比べてしまう。
例えば、「彼より給料がいい!」とか
「家が大きい」など、
なんでもかんでも比較したくなる。
他人より、自分が優れている所を
見つけて優越感に浸る。

つまり、これが差別の本質じゃないのか?
なんて思ってしまします。

本能で差別しているのであれば、
差別はなくならないんじゃないのか?
なんてことも、タマに思ってしまいます。

仮に、部落差別がなくなっても、
形を変えた差別が未来永劫、
永久に現れるのではないか?

・・・これに答えは出ないかもしれませんが、
今は、先ず「部落差別」を無くすための勉強に励んでいる毎日です。

先生も、教鞭、同和教育主任業務に
お忙しいとは存じますが、
これからは暑くなって来ますので、
お体お気おつけください!