~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年4月9日水曜日

初めての同和隣保館訪問(生立ち編-20)

我々の同級生には、男性3名と女性4名の合計7名が
同和地区から通学していました。
中学2年の時、その内の一人の部落民同級生とトラブルがあったことは、
以前「生い立ち編」にて紹介いたしました。

やがて、中学3年になり、組み替えで同じクラスになったのは、
部落民男性生徒3人の内の一人でした。
よく、「部落民は集団で固まる」なんて言いますが、
中学の同級生は、その限りではなかったようです。
むしろ、各々バラバラの傾向が強かったです。
それぞれが、地区外の生徒とも友達付き合いをしていました。

部落への偏見は未だある上に、
部落民とのトラブル・・・
部落民との付き合いは気が進みませんが、
仲良くしていた友人の友人ということで、
数度、部落内の彼の改良住宅へも行きました。

改良住宅へ行くのは、前回トラブルを起こした同級生以来。
20戸×6~7棟程の小さな部落でしたが、
トラブルの同級生と棟は違いました。

しかし、前回の彼の時は、その棟の自宅だけでしたが、
今回は、かなり部落内をウロウロしました。

市営浴場・保育所・保健センター・学習センター
・立派な遊具がある公園、そして、隣保館など・・・
部落住民には見慣れた光景かもしれませんが、
私には、全く異質の光景に感じました。

それらの施設を実際に見たことで、
本当に「来てはいけない場所」へ
足を踏み入れた感覚さえ覚えました。

それほどまでに、なんとも言えない威圧感がありました。

そして、ナゼか知らないけど、
その彼は、用もないのに我々を隣保館へ連れて行き、
そして、館内に招き入れました。

本当に、ナゼかわからないのです。
つまり、彼にとっては、
隣保館へ出入りすること自体が、
何気ない自然なことなのです。
いや、彼だけではなく、部落住民全体が
その様な感覚だったと思います。

ただ、私にとっては、やはり、
「えっ?入っていいの?何しに?」ていう感じでした。

玄関で靴を脱ぎ、階段を上がった覚えがあります。
館内はジュウタン敷で、玄関脇に事務室があって
職員さんが居たような気がします。
滞在時間はそんなに長くなかったと思います。

なんせ、随分昔のことなのでほとんど覚えていないのですが、
断片的な記憶をつなぎつなぎ書いています。

隣保館・・・
それは、同和施設の中核をなす施設です。
隣保館については、紙面がいくつあっても足りません。
詳細は、以降に回すとして、今日はこの辺で終わらせていただきます。


部落を皆さんに知ってもらいたい!

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2 件のコメント:

大川原英智 さんのコメント...

隣保館は、僕の大好きなところです。

新潟県では、一か所だけですが、新発田市(しばたし)にあります。

教員の職員研修や隣保館まつり、学習会、解放運動などに参加するため、毎年10回以上は行っています。

さなざまな人々との出会いや交流を通して、差別の現実から学ぶきっかけになっています。

部落差別をはじめとする、あらゆる差別の解放運動の拠点として、これからも末長く大切にしていきたいと考えています。

もし、新潟県にお出でになることがございましたら、是非お立ち寄りください。

s sugi さんのコメント...

大川原先生
今晩は。

何かと批判の多い隣保館ですが、
これまでの歴史(部落史)の中で、
隣保館が果たしてきた役割は大きいですね。
現在では、近隣地域の隣保館や解放会館の一室を
部落資料館にしている所もあります。

私が行った中でも印象に残った隣保館の一つでは、
資料室の管理運営を地元出身者のNPOで運営しております。
(他の資料館では、市や町の職員さんが
管理運営をしているケースが多いと思います)
部落民が、自分たちの歴史や生活を
紹介するわけです。
これって凄くいいことですよね。

その中のお一人とお話することが
出来ました。
30代半ばぐらいの若いお母さんでしたが、
彼女は、部落民を誇りに感じているわけです。

そして、胸を張って地区外の方々に
差別をなくすための呼びかけをしているのです。

ここでは「中学生の子も活動している」とおっしゃってました。
母から子へそして地区外へ!
このように、差別がなくなるって、
ある意味「理想的だなぁ」と感じます。

とりとめのない文章になってしまいましたが、
私は、運動団体などには属さず、
このブログだけの個人活動なので、
大川原先生始め、皆様方が隣保館を
訪問され、地域住民と交流されるのは、
とても素晴らしいことだと思いますし、羨ましいです(笑)