~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年4月4日金曜日

被差別部落と同和地区の話

部落と同和は、現在ではほぼ同じ意味で使われています。
もちろん間違いではありませんが、
厳密に言うと、かなりの違いが有ります。

そもそも、「部落」の定義が曖昧な部分も多くて、
都市型部落のように明確に「部落」と定義できる場所以外に、
農村にあるような小さな地区では、
本来は部落ではないのですが、
慣例として差別されているような場所もあります。

また、古い事件では、大分別府の「的ヶ浜焼き討ち事件」などでは、
一般的には、部落とサンカが混同されていました。

部落の定義が曖昧なのに、さらに、部落と同和の
違いというのは、少々乱暴な気がしますが、
私ながらの見解を述べさせていただきます。

これには、先に「同和」を説明したほうが早いと思います。

◎同和(同和地区・地区指定部落)
実は、同和と言うのは、行政用語なのです。
つまり、行政が「部落」の中でも、「ここは同和地区です」と
認定された地区が、同和地区なのです。
2002年に「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が
期限切れを迎えた今、厳密には、同和地区は「0」と
いうことになっています。
つまり、政府や行政の見解では、
同和問題は既に解消されたとしているのです。
結婚やインターネットでの差別は未だに残っているのにですよ。

全国に4533地区ある同和地区では、これまでに数々の同和施策が行なわれ、
地区住民の生活はかなりの改善を見ることが出来ました。
憲法第25条にあるように
「・すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
が実践されてきたことは、大きく評価することが出来ます。

ただし、地区指定を受けるには、
解放同盟の支部を結成し、
行政の認定を受けなければなりませんでした。
よって、地区指定を受けずに(もしくは受けられず)に
存在する被差別部落も有ります。

未指定地区未解放部落
全国に1000地区ほど存在しているようなのですが、
行政の資料にも挙がってこないため、詳細はわからないようです。
同和地区指定にならなかった(なれなかった)部落は、
現在も、劣悪な環境な中で暮らされている方も多いようです。

反対に、地区指定を受けなかったため、現在では
消滅してしまった「部落」もあります。
つまり、地区外から一般人が流入してきて混在、
そして、時の流れとともに、一般地区として既成事実化するわけです。
周りの人も、現在住んでいる住民も「部落」であったことを知らない。
知っている「長老」達は、徐々に他界する・・・。
このような図式です。
つまり、人の出入りが激しいのです。
反対に、いわゆる同和地区では、人の出入りは極端に少ないですね。
地区外に出る人は多くても、地区に入ってくる人はかなり少ない。
当市でも、ここ数年は、地区外の方も改良住宅へ入居出来るように
なっているのですが、やはり敬遠されるのでしょうかねぇ?

◎地区指定を受けなかった(受けれなかった)理由
これは、その部落によって様々ですので、
私の分かる範囲で記載したいと思います。

・地区人口が少ない。
都市部落では、住民1000人超と言う地域も
ありますが、農村や山間では地区戸数が5戸とか6戸などと言う
極小の地区もあります。
そのため、解放同盟の結成や運動ができないと言う地区もありました。

・比較的裕福
産業や、農業がさかんであり、部落ではあるが、
経済的に余裕のある地区では、地区指定は受けなかったようです。

・「寝た子を起こすな」
地区住民の中には、事を荒立てて新たな差別につながるより、
今のままでいいから、そっとしておいて欲しいと言う
方が多い地区もありました。
その様な地区では、解放同盟も組織されず、地区指定も行われませんでした。

・政治的対立
解放同盟に対立する共産党系の住民が多い地域では、
部落内で政治闘争が起きたようです。
村を二分する過激な対立もあったようですが、
結果的に共産党の強い地区では、
同和行政を受けない方向へ向かっていったようです。

・顔役(部落のドン)の存在
部落だけではないですが、地区には必ず顔役がいるでしょう。
その顔役=ドンが、地区の存在を左右する事が有りました。
地区住民は、ドンの存在には逆らえず、
地区指定を受けられない原因でありました。

こんなところでしょうか?
実際は、私の知り得ない理由が、まだまだあるでしょうね。
いずれにせよ、現在の未指定地区の状況については、
部落のあり方も、2つに分かれていると言ってもいいでしょう。

ひとつは、未だに劣悪な環境で暮らし、差別に苦しんでいる
未指定地区の方々。
もう一つは、「部落」が解消されてしまった地区。

しかし、皮肉なことに、同和施策が行われ、
いち早く部落解放が叫ばれた地域のほうが、
現在も差別が多いような気がします。
インターネットで晒されているのも、
この様な地区ばかりなのは残念です。
改良住宅や隣保館、福祉センターなどの
数々の行政施設が、「部落」のランドマーク になっていることは
紛れも無い事実なのです。

最後になりますが、
この事は、いずれ「生い立ち編」で詳しく書こうと思っていますが、


実は・・・
 
いやいや
これは、やはり・・・

後ほど書くことにいたしましょう。

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