~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年2月12日水曜日

同和指定校(生立ち編-10)

差別意識というのは、本来持って生まれてくるよりも、
周りから(特に親しい身内や、友人などから)の
洗脳的な刷り込みによって培われていくものだということが、
今ならハッキリと言えるのです。

ただ、右も左もわからぬ少年時代は、
部落に対する嫌悪感のみが優先し、
差別に対する罪悪の意識、つまり、倫理的な差別意識よりも、
生理的な嫌悪反応が優先していたのも事実です。
再度繰り返しますが、生理的な嫌悪感=差別意識は幼少時代の
刷り込みによって行われる、人為的な結果も一つの
大切なファクターであります。
そんな、小学生時代でしたが、より強力な刷り込みが行われたのは、
中学校に入学してからでした。

私が入学した中学は、いわゆる「同和指定校」でした。
その中学は、私の小学校は全生徒(私立中学入学者は除く)と、
他の3つの小学校から、一部生徒が通っていました。
その内の一つが同和地区を含んでいました。
学区内に同和地区を含み、部落の生徒が通っていると、
「同和指定校」になり、頻度は忘れてしましましたが、
人権、とりわけ部落差別に関する学習時間が設けられます。

部落の生徒は、正確には分かりませんが、だいたい一学年に
男女合わせて6~7名ほどだったと思います。
ただし、当然のことながら、年度によって違うので一概には言えません。

中学校に入学した私は、部落・部落民・同和教育と、
新たに、数々の部落との関わりを作っていくことになります。


部落を皆さんに知ってもらいたい!
このブログを、多くの方に見てほしい。そして、
部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・

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