~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと
“心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。

2014年1月17日金曜日

続・部落を知らない差別主義者(生立ち編-5)

さて、前回は、少し違う話題をはさみましたが、
本編の続きをしたいと思います。

私が、“部落”というものは何なのか?
“部落”の歴史は?
どの人が、“部落”出身者なのか?
etc・・・

部落のことを、本当に何も知らないのに、
部落を差別するようになった、直接の原因は何なのでしょうか?

それは、ズバリ・・・
周りのうわさ話や誹謗中傷からでした。
それも、部落出身者には直接言わないけど、
どこからともなく聞こえてくる「部落への生の声」なのでした。
ちょうど、私がこのブログを始めようとしたきっかけ、
ブログタイトルの下に「はじめに」と書いているように、
このような状況での“差別の声”があまりにも多かったように感じます。
 
小学生の頃には、学区も同和地区を含んでいなかったのですが、
中学校区には同和地区があり、中学校も同和指定校でありました。
その関係で、周りの大人達、例えば近所のおばさんやおじさん、
同級生の親族、塾や習い事などの場などでそのような声を聞くことが
あるのでしょうが、やはり、親兄弟から聞くケースも最も多いかもしれませんね。

私の場合は、母親から聞いた話も、とても印象に残っています。
母親は、A県出身(詳しくはこちらの記事へ)でした。
A県は、県面積の割には非常に多くの同和地区があり、
現在でも多くの同和地区が残っています。
母親は、中学時代に、意味もなく突然に、「部落の生徒数人に取り囲まれた」そうです。
その時の詳しい状況は知りませんが、
母親は、そのことが“トラウマ”になっているらしく、
その後も何度か、そのことを聞いた記憶があります。

私の叔母(つまり、母からすれば義姉になります)が部落出身である事は
以前に述べたとおりですが、
母親は、特に叔母の事や、法事の場などで出会う叔母の
親族(全員部落出身者です)については何も言っていませんでした。
この事から、母親は、“部落”を差別しているのではなく、
体験した事柄に対してに恐怖を感じていたのでしょうが、
聞いている、当時小学生の私には、「部落は嫌や!!」と
思わせるに至る一つの要因であったことは否めません。

また、この様な話もありました。
当時の私の家は、所謂、長屋でありまして、
近所さんも仲の良い方ばかりでした。
なので、いつもどこかでおばさん達の「井戸端会議」が行われていました。
長屋の路地も袋小路になっており、車の往来がないので
幼なじみたちとよく遊んでいたのですが、
そこでおばさん達の会話を聞いたことがあります。

私の隣の息子さん(私より20歳位年上)が、お嫁さんをもらいました。
息子さんは、向かいの家を買ってお嫁さんと暮らし始めました。
そのお嫁さんが、部落出身者の方だったのです。
中学校区に同和地区が含まれていたのは先に述べたとおりですが、
そこの部落の方なので、息子さんはその頃からの付き合いだったのかもしれません。

さて、ある日の井戸端会議(母親はいなかった)での近所さんの話題は・・・
ズバリ、そのお嫁さんの“部落ネタ”でした。
周りに私達がいたのですが、
子供たちなので理解できない=安心して、話をしていたのでしょうが、
他の子達はともかく、私は部落への縁が深かったせいもあり、
すぐに反応し、聞こえてくる声に耳を澄ませました。

そこでは、母親が言っていたようなものよりも、
もっとひどい中傷がなされていた記憶があります。
(汚いとか、貧乏とか・・・その頃には同和施策がなされ、
部落の生活向上があったにも関わらず)

また、私は武道を習っていたのですが、
その道場などでも、内容は覚えてませんが、
そのような会話を大人たちがしていた記憶があります。

私が、特に部落に敏感だったせいもありますが、
その頃には既に「四つ」という差別語や、手で4本指の仕草などを覚えていました。
(部落が長きに渡り、斃牛馬を生業としていたことから。4本足=四つ)

それ以外にも、覚えてはいませんが、
いろんなところから、色んな話を聞き、
小学生の頃には、“部落”を知らない差別主義者になっていました。

本当に、今は心から言えることですが、
「人の言葉には、重みがあるなぁ」 と思います。
特に少年少女に向けての言葉は大切です。
私のような、差別者を簡単に作ってしまうのですから。

差別者として、そんな幼少時代を過ごした私が、
部落を・・・部落の歴史を・・・部落差別の実態を知った上で、
その差別心を乗り越え、部落出身者の妻と結婚することになったのか?
話は、まだまだ続きます。


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