~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2014年1月13日月曜日

子供の頃感じた、地域での差別実態(生立ち編-4)

先に述べたような理由で、小学生の頃は、地域に被差別部落がなかった
(中学校区には部落がありました)割には、「部落」に関しては、
周りの子供よりは馴染みがあったと思います。

それでも・・・
そう言えば、小学校から中学校に上がるとき、
数人の同級生が「あんな危ない、中学に行くのは嫌や!」と
いっていたのを思い出しました。
当時の中学校は、同和校だったからという訳ではありませんが、
相当に荒れていたのは事実です。

「あんな危ない」が、同和=部落なので嫌なのか、
荒廃していたので嫌なのかは分かりませんが、
ひょっとしたら、やはり周りから、「あれこれ」言われていたのかもしれません。
周りというのは、親兄弟や友達ということになるのでしょうが、
その人達から、情報として、部落のことを聞いていても不思議ではありませんが、
小学生の頃は、同級生間では「部落」という単語は出てこなかったと記憶しています。

話は少し逸れますが、私の育った地域というのが、
非常に多くの在日朝鮮人達が住んでおりました。
同級生の中にも、多数在日朝鮮人がしましたが、
今のように、アイデンティティを主張し、本名を名乗る時代ではなかったですね。
ほとんど、いや、在日朝鮮人の同級生全員が通名を名乗っていたと思います。
小学校の各クラスの4分の1位、つまり10名位はいたと思います。

そのことで、私は小学校卒業時に、大きなミスを犯してしまった経験があります。
それは、体育館での卒業式を終え、各クラスに帰ってきた時だったのですが、
会場では、時間の関係からか、代表だけが卒業証書を受け取り、
後は各クラスで担任から個別に卒業証書を受け取るわけです。
私の隣の女の子が持っていた卒業証書を見た時、
クラスでも“やんちゃ”だった私は、「こいつ、名前が違う!」
と大声で叫んでしまったのです。

もちろん、その時には在日のことは、うっすらわかっていましたが、
通名と本名があることなどは知りませんでしたし、
その女の子が、朝鮮人であることも知りませんでした。
ただ、単純に「不思議に思ったこと」が口をついて出てきたわけですが、
その女の子にしては、“単純”な問題ではなかったはずです。

女の子は、私の叫び声を聞くやいなや、大声で泣き始めました。
私も、悪意はなかったのですが、無知から、一人の人間を
傷つけてしまったわけです。

ただ、地域では在日朝鮮人が多くいたせいか、
私の知る限り、在日に対する差別はなかったと思います。

こんなエピソードがあります。
ある時、在日の同級生M君の家で「豆もやし」が出てきたのですが、
私は、そんなもの見るのも食べるのも初めて。
そして、食べてビックリ!とっても美味しいじゃありませんか!

帰宅後すぐに、母親に「大きいもやし買って!」と言ったのですが、
買い物から帰った母親は、「そんなの売ってなかった、きっと、
朝鮮の方専門のお店があるんだろう。今度、M君のお母さんに聞いてみる」 と、
母親同士も仲が良かった記憶があります。

このように、私の中では、在日朝鮮人との関係には、
大きな問題はなかったのですが、
こと被差別部落へは、部落との縁が深いにも関わらず、
悶々とした差別心が宿っていたのです。



部落を皆さんに知ってもらいたい!
このブログを、多くの方に見てほしい。そして、
部落を知ってほしい。それが、差別をなくす早道だから・・・

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2 件のコメント:

p さんのコメント...

>無知から、一人の人間を傷つけてしまったわけです。

この見解がちょっと意味がわかりません
その女の子が傷ついた理由は、あなたの「無知」ではなく、
女の子自身の中にある「被害妄想」「被差別精神」からだと思います。
女の子自身にそういった意識がなければ、泣かなかったはずです。

女の子が泣いた理由をあなたの「無知」のせいだという見解は、
「理解を深めること」への否定になります。

理解を深める前段階には、必ず他者との違いを認識する瞬間が必要なはず。
これは差別問題に限らず、ここの対人関係にも言えることです。

あなたには差別をなくそうという強い意志があることは伺えますが、
配慮や思慮が足りないと思います。

違いに触れること自体をタブーとするような見方はちょっと違うんじゃないですか?



最近は普通にNHKも太鼓職人を取材したり、
芸能人も「実家は太鼓職人です」「実家は代々精肉屋など肉関係でした」と話すアイドルがいたり、という時代です。
こういうのが差別のない社会、差別のない新しい価値観だと思います。

無知を悪だとして、子供が単純に疑問を口に出すこと自体をまるでタブー視するような書き方はいかがなものでしょうか。
差別される側の意識も変えて、堂々と稼業をテレビの前で言えるアイドルのように振る舞うことがフラットな状態だと言えると思います。

あなたの文章には「私は差別主義者でした」という文章も所々に見られます。
こういうレッテル貼りもどうかと思います。
理解が深まる前段階だった、というぐらいの表現ではダメですか。
反省をしつつ、「こういう人間は差別主義者だ」と誰かを断罪するようなメッセージにも受け取れます。
こうした姑息な文章は、思い当たるものだけでなく、被差別のものにとっても気分のいいものではありません。


あなたの信念はこのブログから伝わりますが、同時に前時代的な差別意識、被差別意識がくすぶっていて嫌な印象をブログ全体から受けます。
リベラルな考えを持ってください。古いです。

s sugi さんのコメント...

Pさん

ブログ更新を休んでいたため、
お返事が遅くなり、大変申し訳ございませんでした。

Pさんが、仰る意味もよくわかりますが、
文面から察するに、ある一方向からしか「人」を見ておられないと思われます。 

このブログでは、被差別部落について書いておりますので、
それを例に書いていきますが、一口に「部落民」と言っても、
到底ひとくくりに出来るものではありません。

なぜなら、部落の方々は、部落民である前に「ひとりの人間」なのです。

十人十色とはよくいいますが、それぞれに、考えを持ち個性を持っておられるのです。
部落(差別)に対する考え方も、人それぞれなのです。

確かに、この時代ですから、部落を意識しない方々も増えてきています。
しかし、「そっとしておいて欲しい」(・・・“寝た子を起こすな”と言う表現をよく使いますが)と言う方々がおられるのも事実です。

そのような方々に、意識を変えろというのは、「人権」と言う考え方からは到底外れてしまします。

過去に、「学校で“強制的”に部落民宣言をさせられた!」と言う話を聞かれたことがあると思います。
積極的に部落民宣言をしたい子もいれば、『したくもないのにさせられた』方々も多いといいます。

そして、それらの方々は、今でもその時の体験が、心に大きな傷を負っておられる方も非常に多い。

本当であれば、したくない子供には、部落民宣言などさせてはいけなかったのです。
このような事例は、ネット検索しても沢山出て来ますが、
Pさんの主張は、まさしく、立場宣言を強要する偽善者教師と重なってしまうように思われます。

「寝た子を起こすな」と考える方々の思想を強制的に転換させることは、
何人たりとも出来ないのです。

運動団体に所属して、声高らかに“差別反対!”と訴える方
部落を全く意識していない方
寝た子を起こすな思想の方
etc・・・

一口に部落民と言っても、色々な考え方がある事を認識してください。
また、何れの考え方も間違いではないし、否定したり、強制的に思想転換するものではないということを強く訴えておきます。

確かに、肉屋の娘・太鼓職人の息子(肉屋の娘は誰か分かりませんが、太鼓職人の息子は丸山くんですね。彼の父親は勤め人で、部落民ではありませんよ)と公言する方々がいるのも一つの部落民の形では有りますが、そのような方々ばかりではないことも認識してください。

>差別される側の意識も変えて
Pさんはこの様に、差別されるのは、部落民が悪いような言い方をされていますが、
差別があるのは、部落民が悪いのではなくて、差別がある社会が悪いのですよ!

私は、そのような部落にまつわる誤解を解くために、このブログを書いております。
部落のいい所を、少しでも知っていただきたい。
これが私の解放運動です。

P.S
本来の意、若しくは誤用、どちらの意味で使われているかは図りかねますが、
何れにせよ、“姑息”と言う言葉は、私が最も嫌う語の一つであることを書いておきます。