~~~はじめに~~~

         「被差別部落」…皆さんはこの言葉を聞いてどう思われますか?
          私が、このブログを始めることにしたのは、職場で「○○地区は危ない」などと

          “心無い会話”が聞こえてきたからでした。それも複数の方から…。

          政策的には、約150年前に「解放」されたはずの被差別部落ですが、

          職場だけではなく、インターネットやパルプマガジン(低俗雑誌)などで、今尚、

          多くの差別があることを実感します。被差別部落出身の妻と結婚し、

          部落の暮らしを知る中で「部落の良さや暖かさ」を皆さんに伝えたいと思います。


         ※「生い立ち編」は、長期連載になります。少々長くなりますが、初めから

          読んで頂くことを強くお願い申し上げます(コチラからどうぞ)

2015年12月25日金曜日

朝日新聞「隠れた部落差別、今もふるさとの料理出したら離れた客」という題名で

こんばんは。「被差別部落の暮らし」のスギムラです。
今日は、クリスマスですね。
皆さんそれぞれ、楽しんでいらっしゃることと思いますが、
どうも私は、人より変わっているせいか、
子供の頃よりクリスマスなどのイベントが苦手で。

妻や子供は、ケーキとかプレゼントとか、
何やかんだで盛り上がっているのですが、
私一人は冷め冷めムードなのです。

でも、子供が、「クリスマスプレゼントが枕元に置いてあった」と
嬉しそうに話しているのを聞くと、ホノボノとしますね~。
もちろん、プレゼントは、妻が用意しますので、
私はノータッチですが(*_*)

子供たちも、特に、小学5年の上の子は、
「サンタさんは不法侵入やんなぁ~」などと言っているくらいですから、
サンタの存在を信じてはいないと思うのですが、
下手なことを言うと、「来年からプレゼントがもらえない」などと考えるのでしょうか?
笑いながら「サンタさん来たで~」と言っています。
全く、したたかなものですね。

さて、昨日、いつもは1000件前後のアクセス数が、
40,000件と驚くほどに伸びました。

はじめは訳がわからず、「サイバー攻撃」でも受けたかと思いました。
このような状況の時は、テレビやメディアで取り上げられた時の反応ではないか?と、
被差別部落関連で、いろいろ手がかりを頼りに検索をかけてみましたが、
その日は、遂にわからずじまい。

統計情報を見てみると、24日の午後1時~2時から伸びていたので、
その時間帯のテレビ番組表などを探していたのですが、
今日、「これじゃないかなぁ」と言うのを見つけました。

それが、“朝日新聞デジタル版”に
「隠れた部落差別、今もふるさとの料理出したら離れた客」
という題で24日付で掲載された新聞記事です。
記事がUPされた時間帯も合致しますから。

なぜ、今回このような記事が書かれたのかはわかりませんが、
文面から判断するに、『解放同盟愛知連合会が40週年』とあるので、
それに関連してでしょうか?

以下は、記事の抜粋です。

部落差別の解消に向けて運動してきた部落解放同盟愛知県連合会(吉田勝夫委員長)が今年、結成40年を迎えた。生まれた場所などで忌避される部落差別。国や自治体に働きかけて、住環境などの改善や啓発を進めてきた。差別の実態は見えにくくなったが「様々な日常の場面で差別は残っている」と解放同盟県連幹部は話す。
 名古屋市居酒屋を経営する山本義治さん(38)は今年6月、生まれ育った地域で親しんできた料理をメニューとして紹介した。とたんに離れた客がいた。ふるさとは被差別部落とされた地域だ。
 「またか。まだ差別は残っているんだな」と感じた。「出身地を恥じることはない」という信念に基づく行動だったから、メニューはそのままで「スタイルは変えない」と言う。「生身の人間を見て、つきあってほしい」
 県西部の男性(40)は、小・中学生の娘2人には自分が結婚した時の体験を、まだ伝えられていない。
 20代の頃、妻にプロポーズした際「できないかもしれないよ」と出身地を告白された。自分の両親には「親族の結婚の妨げになる」と認められず、家を出た。披露宴に男性の両親や親族の姿はなかった。
 「結婚したい人と一緒になれたことが一番幸せ」と結婚は後悔していないが、娘たちには「いつか言わなきゃとは思う。だけど、娘の友だちやその親の反応が怖い」。
 同和対策事業特別措置法に基づき、1969年に環境改善が必要な地区に指定された県内のある地域では80~90年代、約4割が共同住宅に建て替えられた。1棟で2世帯用の共同住宅が軒を連ねる。消防車も入れない狭い道は一部残るが、主な道は広げられた。
 こうした状況を受け、全国地域人権運動総連合議長の丹波正史(せいし)さん(68)は「差別は全くなくなったわけではないが、部落差別の問題は大きく克服した」と話す。同団体は、解放同盟から運動方針を巡り分立した全国部落解放運動連合会(全解連)を受け継ぐ。全解連は2004年、「社会問題としての部落差別は解消した」として解散した。
 だが、この地区より、隣接する他の地区の路線価は2・5倍も上回る。付近の不動産会社は「まず購入する人がいない。価格の差より価値は低い」と明かす。
 07年には、被差別部落として地名などを掲載したホームページ「B地区にようこそ!in愛知県」の作成者が名誉毀損(きそん)の疑いで逮捕される事件が起きた。インターネット上には今も、差別的な書き込みが絶えない。解放同盟では、書き込みを見つけるたびに削除依頼などの対応を続ける。
 解放同盟県連の支部長加藤吉雄(きちお)さん(70)は、最近知り合った人に出身地を明かすと「あそこの人には見えんね」と言われた。「胸を張ってふるさとを語れないことがどれほど悲しいか。自分に置き換えて考えてほしい」(小若理恵)
機会はどうであれ、こうして、被差別部落について、
多くの方々に知っていただけるのは嬉しい限りです。

それと、被差別部落の食べ物。
ホント美味しいものがたくさんありますよ。

なんてったって、食肉に関しては、
私達よりも長い歴史を持ってますから!

先日も、本場の羽曳野で『かすうどん』を食べましたが、
ほんとうに美味い!!

刻んだ“油かす”をうどんダシで煮込んだだけのシンプルな料理なのですが、
シンプルなだけに、美味いのです。

油かすと言っても脂分は結構残っており、
油かすの油(ややこしいですね(-.-;))が溶けただし汁は、
思わず全て飲み干してしまいます。

『かすうどん』は阪南が発祥の地ですが、
この一帯は精肉業が盛んで、
特に羽曳野は、現在も沢山の業者さんが活躍しておられます。

その他に、馬肉を燻製にした「さいぼし」や「煮こごり」、
現在はかなりメジャーになりましたが、「モツ(ホルモン)」も
部落が長い食文化の中で培ってきた素晴らしい食べ物です。

上記、朝日新聞の記事中に
生まれ育った地域で親しんできた料理をメニューとして紹介した。
とたんに離れた客がいた。
とありますが、全く馬鹿げた話です。

私は、被差別部落出身ではありませんが、
こんな珍しい料理を出してくれる居酒屋なり料理屋さんがあれば、
ぜひとも進んで行ってみたいですね(*^^*)

部落だ!差別だ!何だで美味い料理にありつけない方は、
全く損な人生だと思います。


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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

東北出身ですが、部落=町内会的な集まりのことをさすのかと思っていました。部落の会合、とかいう感じに。それを知らずに使うと誤解されそうですね。あと関係ないけど、団地とかも、単に住宅地のひとまとまりに使ってましたが、地域によってそれも差別的な表現なんですね。(A.A)

s sugi さんのコメント...

匿名さん
こんばんは。

そうですね。
関東以北や沖縄等では、「部落=被差別部落」は馴染みが薄いようですね。
ただ、団地に関しては、被差別的な表現では使われませんので、
安心してご使用ください。